公開日:2016-01-19
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現代社会は、健康問題の政治化と商業化によって、健康主義(ヘルシズム)が蔓延しており、病気の予防のためには健康な身体にメスを入れても構わないとすら考える、いわゆるアンジェリーナ・ジョリー症候群のようなものを生み出しているのではないか、というロシア国立研究大学高等経済学院のエフゲニア・ゴールマンによる論考が『社会政策研究雑誌』に発表された。
アンジェリーナ・ジョリー症候群は、最近欧米のメディアを賑わしている話題であるが、致命的な病気にかかることへの恐れを次第につのらせていく精神症状をさしている。病気への極端な恐怖から、単に現在の健康状態を気にするだけでなく、将来なるかもしれない病気を可能な限り予防しようとして、健康な身体を外科的に切り刻むことすら厭わなくなる。名前の由来になった有名な米国の女優の場合は、乳がん遺伝子の保有を理由に、健康な両方の乳房の予防的切除(と乳房再建)に踏み切ったもので、極端な健康主義の典型的な実例といえる。 |
「しかし、これは現代の“新しい健康の考え方”の極端な一例に過ぎません」とゴールマンは述べている。「ダイエット、フィットネス、美容整形、オーガニック食品、そして最近では身体活動量や心拍数も測れるモバイルアプリに至るまで、どれも健康主義の現れです。しかも、多くの国において、美容サロンや食品業界、フィットネスクラブ、そして究極的には、医療機関でさえもが、このような過度ともいえる肉体崇拝を強力にバックアップしているのです。」
今日の健康政策の多くが、健康の責任の所在を医療機関から患者本人にシフトさせてきており、それにともなって治療よりも予防へと重点が移動している。しかもそこで想定されている予防すべき病気の中は純粋に仮想的なものでしかないものも含まれている。例えば喫煙者が全員がんになるわけではないのに、がん予防のためにすべての喫煙者が禁煙を推奨されることになる。
予防医学が多くの命を救い、医療費の削減に貢献していることに疑いはない。だがもし健康的で美しい身体という理想や病気のリスクの算出について誤って解釈してしまった場合には、強迫観念的な健康主義者にまで行き着いてしまう可能性がある。最も危険なのは、「健康的な生活習慣」のモデルに合わないすべてのものや人を断罪してしまうことである、とゴールマンは述べている。
「健康であることが社会的道徳的規範に位置づけられると、不健康であること自体が道徳的非難の対象になります。若くてスリムな美しい肉体は、社会経済的ステータスのシンボルとして機能するようになり、健康主義の基準を満たさないぶよぶよの肉体やいい加減な食生活などがすべて差別の対象になるのです」とゴールマンは言う。「健康主義的な理解が浸透すると、健康的な生活習慣の実践の度合いに応じて個人が道徳的に評価されるようになるかもしれません。不健康な食生活や運動不足、見た目がスリムでなく魅力的でないことなどが個人の人間的評価に大きなウェイトを占めるようになるでしょう。」
女性にとっては、伝統的な女性としての規範に加えて、健康主義的な規範が加わることで、女性の罪悪感とストレスを促進することになるだろう。健康な女性はいつまでも若くてスリムな美しい肉体を維持できる、という健康主義的な規範によって、医療においても見栄えが重要な判断基準になってくるだろう、とゴールマンは述べている。 健康主義の浸透はまた、日常生活の医療化につながる。「健康と病気の明確な臨床カテゴリは崩壊します。誰もが基本的に患者とみなされるようになり、自宅に置かれる医療機器(血圧計や体脂肪計など)や医薬品の数が増えていくのです。」 |
ゴールマンはまた、健康主義は新しい遺伝学によって優生思想に似たものになる危険性もあると言う。新しい遺伝学の展開によって、特定の病気の原因となる「悪い遺伝子」を排除する遺伝子工学の可能性につながるというのである。
「”健康的な生活習慣”は、社会的弱者に悪影響を与え、差別につながる高いリスクがあります。医療の専門家は健康主義的言説には常に注意していく必要があります」とゴールマンは結論づけている。
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